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空白の翻訳

by 1031jp

2016年9月15日

 

すっかり秋。抑うつの秋である。

 

 

■14

 

14時から病院。

今年一月から始めた皮下注射による治療は、ぼくが日本で二人目、病院としては一人目。現在同じ病院にたしか三名まで増えたと聞いた。週一回の通院が必要なため、勤めがある人には難しいが、ぼくのような社会不適合者には問題ない。お仲間は専業主婦か、すでにリタイアした高齢者で、いずれにせよ女性。この病気自体、女性が罹ることが多い。

 

週一で顔を合わせているから、担当の看護師さんとは多少の雑談ができるくらいには仲良くなった。おしゃべりは気晴らしになる。皮下注射が苦手な人がいて、毎回大騒ぎらしい。なるべく痛くないようゆっくり注入するなど、ぼくの倍以上は時間がかかるとのこと。富井さんは静かで助かる、気を遣っていただいてかえって申し訳ない、血圧もいたって良好、などの賛辞を頂戴する。

 

しかし、アウトプットするかどうかの違いであって、痛みの絶対値は同じようなものなんじゃないだろうか。ぼくとて痛くないわけではない。当然チクっとするし、薬が入ってくるときもじわじわと嫌な痛みがある。声を出すとか、嫌がる、ぐずるといったアウトプットを選択しないだけだ。今日も採血の看護師さんはかなり下手だった。でも美人だった。

 

それじゃあ富井さんのその痛いという感情はどこへいくのか、富井さんはいつも優しく穏やかだが怒ることがあるのか、怒りや悲しみをどうしているのかという話になった。すべて内へ向かうからこんなに鬱がちなんだろうと思うので、そう答えた。それに、ぼくはきわめて短気であると思う。

 

 

■15

 

痛いときに訴える、怒れば声を荒げる、悲しければ泣き叫ぶなど、感情のアウトプットをしないというかうまくできない。驚いたときや、それからポジティブなことでもそうで、嬉しいときにうまくはしゃげないし、よろこびや感謝、好意もあまり顔に出ない。これはかわいげがない。

 

ずっと前、ツアーにレコーディングとスケジュールがタイトなときに病状が思わしくなく、看板を出していない気功の先生のところに通ったことがある。

 

詳しいことはわからないが、気功と神道を融合させたものすごい力の持ち主ということで、たしかに施術を受けているとじわりと温まり、気持ちも前向きになる。人となりや口調なども含めトータルでなにやら暖かい、太陽のような雰囲気の人物だった。頭上や背中に手をかざして独特の呼吸をするだけで、何の会話もせずともいろいろなことを見抜き、パーソナルな事情を言い当て、予言めいたことまで行うのだ。おまけに正業が呉服屋というあたり、できすぎである。

 

その先生から、痛い痛いと暴れて泣き喚いても、富井さんのように静かにじっとしていても、治療や施術そのものの結果は同じなんだと言われたことがある。だからもっと自分の感情を正直に解放してあげなさい、押し殺してばかりでは内なる富井さんがかわいそうだと。

 

いきなりスッとそんなことを言われたぼくは受け身が取れず、それこそうっかり泣きそうになったことを覚えている。ということは、ああそうだな、自分は心の深いところではつらい助けてと叫んでいるんだなと感じ入ったんだと思う。だからといってちっとも直せず、今に至るわけだ。看護師さんとの会話でそんなことを思い出した。

 

 

■16

 

喉元過ぎれば熱さを忘れるという諺はメンタルにも当てはまり、調子がいいときは抑うつ状態だった自分を過去のことに感じ、そんな頃もあったなあ、でももう大丈夫、もうああなることはないんだと、爽やかな元気さとでもいうような前向きな状態になる。

 

そして、ふたたび引きずり込まれるときは一瞬だ。鬱に効くといわれることはなるべく取り入れている。しかし、朝日を浴びようが、筋トレに励もうが、ぷよぷよやingressをしようが、落ちるときは落ちる。先月ぐらいから、家にいると非常に良くない。家がまじでシケてる。そういえば先日、精神状態には腸内環境が影響し、低脂肪ではないヨーグルトが良いとインターネットで読んだので、導入しようと思う。

 

ぼくの場合、鬱が収まると躁転する傾向にあり、ニュートラルな、凪いだ状態があまりない。このため、躁転しているときにそれを自覚した上で、そのブーストを利用してどこまでものごとを前に進ませられるかが重要だ。「キャパを超えたモチベーションを前借りして加速する」という諸刃のモードをうまく利用すれば良いのだが、以前は躁状態をコントロールできず、行動や気持ちが突っ走ってしまい大変だった。少なからず実害もあった。いまはだいぶコントロールできるようになったと思うが、それでもやらかしてしまうことはある。

 

とはいえ、ぼくは通常の状態がちょっと鬱なので、ある程度躁の波に乗らないとできないことが多い。作詞作曲はある程度なら鬱でも躁でもできる。いい曲を書ければなんでもいい。ライブに関しても、鬱のときは気持ち的には厳しいが、日程が決まっている以上避けられないし、表現に落とし込めればいいライブができる。

しかし、自分を売り込むためのいわゆる営業マン的な活動や、事務作業については鬱状態だとできない。細かな付き合いや顔出し、また取引先やファンを含むクライアントへの連絡・告知宣伝など、冷や汗があふれ動悸が激しくなってしまう。人間相手のことは本当にきつい。中身がなくても声の大きい者が勝つとわかっていても、ぼくなどインターネットで元気いっぱいな人を見ているだけで疲れて寝込んでしまう。

 

 

■17

 

17時頃に地元駅に戻り、softbankショップに寄る。整理券を引くと60-90分待ちの案内。それを口実にいったん店を出て、一風堂で瓶ビールに餃子、白丸バリカタ。替え玉ハリガネ。散財だ。このところの落ち込みで自炊する気力がなかなか湧かず、どうしても外食が増える悪循環にある。

 

解約したい回線があり、調べてもらうと11月21日以降が無料解約期間だった。月を跨がず11月30日までに済ませたい。忘れていたら教えてください。

 

店員さんとのやりとりでは、本題に入る前にアンケートと称して自宅のインターネット回線など事細かに訊かれる。用件が済んで席を立とうとしてからも、タブレットについての営業トーク。時間も無駄になり迷惑だが、彼に罪はない。こういう社会を大勢で作ってきたということだ。心底大変な仕事だなあと思うが、彼には窓口に来る人間がすべてカネに見え、大変と思っていないのかも知れない。大変そうだと感じてしまう時点で、ぼくにはできない。向き不向きということだろう。

 

ぼくに向いていることはなんだろうか。時間はあまりない。定職に就かず、身寄りもなく、人に言えないシノギに手を染めながら、なんとかまだ餓死せず、風雨を凌げる屋根の下で寝ている。ひと月またひと月と必死に金策をし、胃の痛まぬ夜はない。友達も少ない。燃えないゴミのようなものだ。そうやって音楽を続け、ラブソングを書き歌っている。人気はない。

 

 

夜中にグッズの通販の案内をブログにアップした。少しでも売れてくれるといいが。みなさまよろしくお願いします。

 

やらなきゃと思っていて手を付けられずにいることがたくさんある。なによりバンドのアルバムの続きという大仕事がある。メンバーの顔が浮かぶ。愛憎がないまぜになったつらい感情が押し寄せる。

 

もうこの先は優先順位を決めて行動しないと、できないことの方が多い。

でも全員とデートしたい。そういうことに気付いていくのが人生だ。

 

 

欲求に従い、ギターを持って少し作曲をしてみた。相変わらず曲はすぐ書ける。