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空白の翻訳

by 1031jp

ついさっき終わったばかりの今年のグラミー賞の年間最優秀アルバムの結果は、去年発表されたたくさんの素晴らしいアルバムたちの中から1枚選ぶならばぼくも同じ気持ちなので、とても嬉しい。

 

部屋でひとりで聴くととても沁みるのに、誰かと一緒のときに掛けてもいまいちピンと来ない音楽がある。ちょうど去年の今頃、よく聴いていたこのアルバムもぼくにとってそんな音楽だ。そういうのは、あれすごく良かったよとか言うことはできても、その場で聴かせてもだめだから、基本的に自分で見つけないといけない。

 

音楽とずっと一緒にいたいなら、そういう音楽をたくさん見つけないといけない。さもないと、誰かと一緒じゃなければ作用しないものになってしまう。ひとりぼっちのときに作用するものじゃないとずっと一緒にはいられない。

 

もちろん、みんなと一緒に盛り上がるときには最高に合うんだけど、部屋ではぜんぜん響かない音楽もある。冷めたピザみたいに。熱狂は持って帰れないのだ。醒めた恋みたいに。

 

 

今回、いわゆる主要4部門のうちほかの3部門はサム・スミスだった。

これまで同じ年に主要4部門を全部もらったのはクリストファー・クロスだけだ。

クリストファー・クロスすごく好きなので、これもけっこう嬉しい。ふふ。

 

 

それにしても、今回のサム・スミスの件もそうだけど、前はレッチリでも同じような騒動があったし、サムやレッチリがどうこうよりも、トム・ペティはそれだけ欧米人というかポップ・ミュージックにとって普遍的なメロを書いてるってことなんだなっていうのを感じた。それはすごく分かるし、トムがアメリカであれだけ人気あって日本で人気ないのも分かる。要はトムの退屈な部分がアメリカ人にとって普遍的なサウンドだったりするし、オアシスの退屈な部分がイギリス人にとってのそれだったりする。そういうのはある。サム・スミスはイギリス人だけど、ロックンロールじゃないジャンルというのも含めてそれだけトム・ペティのメロの懐が深いってことが言えると思う。ジェフ・リンはイギリス人だけどね。トムの話を始めると好きすぎて長くなるのでしません。つまんない話してごめんね。

 

 

モーニング・フェイズ

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